ア ン コ モ ン ライフ
uncommon life
あの出来事から一日以上が経って、やることに追われていたせいもあったし、橘のほうも全くいつも通りの態度だったから、田所はアレは夢だったんじゃないかと思い始めていた。
昨日からほぼ徹夜で、今日の夜も少し仮眠を取れればいいかという厳しいスケジュールの中、正直それどころじゃないというのもある。
田所は、椅子に座ったまま身体を反らして、ぐっと伸びをした。
隣で例の霊波塔の資料に目を通している橘は、今日はそれとは違う霊波塔の奪還作戦に参加して、先程戻ってきたばかりだ。
変換装置の細かい設定について意見を交わしたりしていると、工場で作業をしていた隊士たちがひとり、またひとりと出掛ける支度を始めだす。彼らに定時というものはなかったが、ノルマさえ達成すればそれでその日の仕事は終わりなのだ。
今日はわずかだが賃金が支払われる日なので、皆で町へ繰り出すつもりらしい。どこそこの"おなご"がどうのこうの……という声が聞こえてくる。
「毎回、オンナオンナって、飽きないですねえ……」
横目で見ながらそう言うと、橘は煙草に火をつけながら言った。
「男なら、当然だろう」
(へえ………)
気にしてもらえないことは知りつつも、禁煙ですって、と煙をパタパタと手で扇ぐ。
「意外ですね。橘さんがそんな風に言うなんて」
潔癖なところがあるから、性的なことにはまったく関心がないように思っていた。
「性欲というのは、簡単に飼い慣らせるものじゃないからな」
「えぇー、嘘くさいっすねぇ……」
随分人間らしいことを言うが、本音だろうか。
けれど脳裏に、あの仰木高耶を力強く抱き寄せた場面が蘇った。こと恋愛に関しては、意外に情熱的なのかもしれない。
赤面しそうになって、田所は煙ではなく自分の顔をパタパタと扇いだ。
「何だ?」
「……いえ。なんかうらやましいなあって。別に女の子が嫌いなわけじゃないんですけど、あそこまでテンションあげたりできないから」
お祭りのように騒いでいる工場員たちを見ながら、田所は思う。
女性は好きだ。彼女が出来たことだって、幾度かはある。けれど、いわゆるラブラブって感じまで盛り上がった関係になったことはなかった。家族のような気心の知れた関係というわけでもない。どこか他人行儀な関係しか築けなかった。
「まあ、俺みたいな奴が相手じゃ、女の子も盛り上がりようがないって話ですよ」
卑屈になる田所に、橘は二本目の煙草に火をつけながら言った。
「相手のことは関係ない。自分がどれだけ相手を想えるか、だろう」
「………例え邪険にされても想い続けろっていうんですか」
「嫌われても、貶められても、憎まれても」
「─────」
やはり、橘はかなり情熱的な面があるらしい。
「相手に面倒くさいって思われそうで嫌だなあ……」
「面倒くさいと思っているのはお前だろう?想い続ける事と諦める事の利点を比べて、諦めを取っただけだ。そうやって、計算で動いているうちは特別な関係なんて築けない」
橘は煙を吐き出した。
「本当に欲しいものを目の前にしたら、理屈なんて全部吹っ飛ぶ」
あ、それだ、と思った。
(多分、俺にはそれが欠けてるんだ)
Hしたくてしょうがないとか、絶対誰にも渡したくないとか、そうやって誰かを特別に思ったり執着したりしない。相手が物でも出来事でも何でもそうだ。
どうしても欲しいものなんてないし、絶対に受け入れられないこともない
いつもなんとなく幸福で、なんとなく不安だった。
「………それが不満だったんです、ずっと」
だから留まったのだ。この世に。
しかし、不満がわかったところで解決策がすぐに導き出せるわけでもない。
自分にとっての"理想の特別"。そういうものが、この世の中のどこかにあるのだろうか。
「これからは探せばいい。赤鯨衆とは、そういう場所なんだろう」
煙草を灰皿に押し付けながら、橘は言った。
確かにそうだ。時間はあるのだから焦る必要はない。
けれどここ最近、自分はその答えに急激に近づいて行っている気がする。手が届きそうだと思うと、人はそれを掴みたくてしょうがなくなるものなのだ。
「……………」
ぼんやりとする田所に、
「明日、朝一でもう一度試運転をする」」
橘はそう言って話を打ち切った。
「とりあえずのところはこのまま進めていい」
「わかりました。………じゃあ少し、休んできたらどうですか」
自分以上に眠っていない橘は、寝不足のせいで心なしか眼が赤い。
「……そうだな」
それでも出かける予定があるからと、一時間後に起こすように言って、橘は仮眠室へと消えた。
(───忙しい人だ)
そして、田所が再びPC画面と向き合っておよそ一時間。
そろそろ起こしに行くかというところで、思わぬ客が工場に現れた。
昨日からほぼ徹夜で、今日の夜も少し仮眠を取れればいいかという厳しいスケジュールの中、正直それどころじゃないというのもある。
田所は、椅子に座ったまま身体を反らして、ぐっと伸びをした。
隣で例の霊波塔の資料に目を通している橘は、今日はそれとは違う霊波塔の奪還作戦に参加して、先程戻ってきたばかりだ。
変換装置の細かい設定について意見を交わしたりしていると、工場で作業をしていた隊士たちがひとり、またひとりと出掛ける支度を始めだす。彼らに定時というものはなかったが、ノルマさえ達成すればそれでその日の仕事は終わりなのだ。
今日はわずかだが賃金が支払われる日なので、皆で町へ繰り出すつもりらしい。どこそこの"おなご"がどうのこうの……という声が聞こえてくる。
「毎回、オンナオンナって、飽きないですねえ……」
横目で見ながらそう言うと、橘は煙草に火をつけながら言った。
「男なら、当然だろう」
(へえ………)
気にしてもらえないことは知りつつも、禁煙ですって、と煙をパタパタと手で扇ぐ。
「意外ですね。橘さんがそんな風に言うなんて」
潔癖なところがあるから、性的なことにはまったく関心がないように思っていた。
「性欲というのは、簡単に飼い慣らせるものじゃないからな」
「えぇー、嘘くさいっすねぇ……」
随分人間らしいことを言うが、本音だろうか。
けれど脳裏に、あの仰木高耶を力強く抱き寄せた場面が蘇った。こと恋愛に関しては、意外に情熱的なのかもしれない。
赤面しそうになって、田所は煙ではなく自分の顔をパタパタと扇いだ。
「何だ?」
「……いえ。なんかうらやましいなあって。別に女の子が嫌いなわけじゃないんですけど、あそこまでテンションあげたりできないから」
お祭りのように騒いでいる工場員たちを見ながら、田所は思う。
女性は好きだ。彼女が出来たことだって、幾度かはある。けれど、いわゆるラブラブって感じまで盛り上がった関係になったことはなかった。家族のような気心の知れた関係というわけでもない。どこか他人行儀な関係しか築けなかった。
「まあ、俺みたいな奴が相手じゃ、女の子も盛り上がりようがないって話ですよ」
卑屈になる田所に、橘は二本目の煙草に火をつけながら言った。
「相手のことは関係ない。自分がどれだけ相手を想えるか、だろう」
「………例え邪険にされても想い続けろっていうんですか」
「嫌われても、貶められても、憎まれても」
「─────」
やはり、橘はかなり情熱的な面があるらしい。
「相手に面倒くさいって思われそうで嫌だなあ……」
「面倒くさいと思っているのはお前だろう?想い続ける事と諦める事の利点を比べて、諦めを取っただけだ。そうやって、計算で動いているうちは特別な関係なんて築けない」
橘は煙を吐き出した。
「本当に欲しいものを目の前にしたら、理屈なんて全部吹っ飛ぶ」
あ、それだ、と思った。
(多分、俺にはそれが欠けてるんだ)
Hしたくてしょうがないとか、絶対誰にも渡したくないとか、そうやって誰かを特別に思ったり執着したりしない。相手が物でも出来事でも何でもそうだ。
どうしても欲しいものなんてないし、絶対に受け入れられないこともない
いつもなんとなく幸福で、なんとなく不安だった。
「………それが不満だったんです、ずっと」
だから留まったのだ。この世に。
しかし、不満がわかったところで解決策がすぐに導き出せるわけでもない。
自分にとっての"理想の特別"。そういうものが、この世の中のどこかにあるのだろうか。
「これからは探せばいい。赤鯨衆とは、そういう場所なんだろう」
煙草を灰皿に押し付けながら、橘は言った。
確かにそうだ。時間はあるのだから焦る必要はない。
けれどここ最近、自分はその答えに急激に近づいて行っている気がする。手が届きそうだと思うと、人はそれを掴みたくてしょうがなくなるものなのだ。
「……………」
ぼんやりとする田所に、
「明日、朝一でもう一度試運転をする」」
橘はそう言って話を打ち切った。
「とりあえずのところはこのまま進めていい」
「わかりました。………じゃあ少し、休んできたらどうですか」
自分以上に眠っていない橘は、寝不足のせいで心なしか眼が赤い。
「……そうだな」
それでも出かける予定があるからと、一時間後に起こすように言って、橘は仮眠室へと消えた。
(───忙しい人だ)
そして、田所が再びPC画面と向き合っておよそ一時間。
そろそろ起こしに行くかというところで、思わぬ客が工場に現れた。
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