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ア ン コ モ ン   ライフ
uncommon life
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 それから一週間後、決戦の日はやってきた。
 準備期間が短かったせいで、当日になっても朝からバタバタと忙しい田所は、あと少しで出発だというのに未だにピッキング作業に追われていた。
「田所、これは?」
「あ、それは向こうでいいです」
「こっちは!?」
「それは橘さんのほうに!」
 田所のテンパりっぷりを見かねた他の隊士たちに手伝ってもらいながら機材を積み込んで、最後に霊電力変換装置をもう一度点検する。『シバテンの首』は前もって取り外されていて危険はないのだが、運搬途中で事故のないように慎重に養生しておかなければならない。確認が済み、大方の準備が終わっただろうというところで、仰木高耶からの号令がかかり、皆が一同に集まった。
 今回の作戦の概要が、彼の口からもう一度説明される。
 手順としては、陽動部隊が塔の近くで騒ぎを起こし、広範囲に配置されている警備兵を一箇所に引きつけている間に、別の部隊が他の場所で密かに霊電力変換を行う。
 陽動部隊のほうはかなりの戦力が必要なため、四万十からの応援部隊は皆そちらに参加することになっている。二隊に分かれて、橘ともうひとり、早田という四万十の隊士が指揮を執るのだそうだ。
 変換作業を行なう部隊には宿毛の隊士が多く含まれていて、指揮を執るのは仰木高耶だ。
 彼は宣言通り装置のそばにいて、それを護ることになった。
 だから田所も、仰木高耶と行動をともにすることになる。
「変換が終わったタイミングで結界の解除にかかる」
 それまで、陽動部隊はひたすら持ちこたえなければならない。男たちの腕のみせどころだ。
 仰木高耶の説明が終わり、四万十の隊士たちと軽い打ち合わせをした橘は、田所にインカムを手渡しにやってきた。
「無茶はするな。あのひとの隣にいれば大丈夫だ。離れるんじゃないぞ」
「わかってます」
 《力》が扱えない田所は、霊相手には丸腰も同然だ。今回の作戦は田所が怪我でもすれば立ち行かなくなるから、装置とともに田所も護ってもらわねばならない。
 資材の確認を終えた仰木高耶も田所が気になったらしく、こちらへとやってきた。
 装置のコンディションを尋ねられる。
「できることはやりましたから」
 それこそ今朝方までかかって、様々な場合を想定して何通りものパターンで対応できるよう計算しておいた。
「必ず成功させます」
 他の男達が《力》で能力を競い合うというのなら、田所の腕の見せ所はここなのだ。
 そうか、と頷いた仰木高耶は、
「オレのそばを離れるなよ」
と、言った。
───はい」
 何も橘と同じ事を言わなくてもと、苦笑いになる。
 その橘に、仰木高耶は声をかけなかった。
 目線を少し合わせただけで、くるっと踵を返す。たぶんそれだけで、通ずるものがあるのだろう。
 ところが、数歩行ったところで何かを思い出したように振り返った。
 後姿を追っていた田所は、ばっちり目線が合ってしまった。が、いつも感じるような怖さは感じない。
 それどころか、何かを言いたくて言葉を選んでいるその表情がどこか心細げだったから、どきりとしてしまった。
 何ですか、と促しかけた田所に、仰木高耶は言った。
「………好きとか嫌いじゃない」
「………え?」
 一瞬、意味がわからなくて聞き返す。
「ただ他とは違う。特別なんだ」
 それだけ言って、高耶は再び歩き出して行ってしまった。
(ああ………)
───仰木さんもちゃんと橘さんのこと好きですか?
 あのときの質問に、今になって答えてくれたのだろう。
(特別、かあ……)
 ふと蘇る。
───人に特別な感情を抱かせる……
 そうか、互いにそう思い合っているのだな、とわかった。
 きっと自分なんかには想像もできないような強い絆で。
「何の話だ?」
───秘密です」
 今の言葉の意味を知ったら、橘はどんな顔をするのだろう。想像すると、ついつい顔がニヤけてしまう。
「………あれだけあのひとに反発していたくせに。たらしこまれたな」
「そんなんじゃないですって」
 その場を後にする橘の背中に、田所は笑顔で返事をした。
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 作戦は、初っ端からうまくいかなかった。
 予想以上に霊波塔に配置されていた敵方の兵士が多く、陽動隊が全ての兵をひきつけられなかったのだ。
 送霊力線を切断する田所たちのチームが行動を開始すると、すぐに敵兵からの攻撃が始まった。田所は、切断どころか逃げ回るので精一杯だ。
「陽動隊はなにやってんっすかっ!」
 "命よりも大事"くらいなことを言っていた変換装置を弾除けにしながら、田所は叫ぶ。
「あっちはもっとたくさんの兵がいるはずだ!変換を急がないと、向こうが持たなくなる!」
 最初のうちは小さな爆弾みたいなものを投げつけて敵を排除していた仰木高耶だったが、すぐに腕についていた銀色の輪っかを外してしまった。
 それが霊枷であるということは橘から聞いて知っている。《力》を使うことを、中川に止められているのだそうだ。けれど。
(う……わ………っ)
 仰木高耶はすごい、ケタ違いだ、とは聞いてはいた。けれど耳で効くのと実際目で見るのではだいぶちがう。
 橘は、出来るだけ霊枷を外させるな、と言っていたが、圧倒されてしまってとても言い出せる状況ではない。
(異常だ)
 あっという間に敵兵の数が減っていく。すぐに作業を始められそうな状況になった。
「田所っ!」
「はいっっ!!」
 やっとの出番に、田所は自分を奮い立たせた。ここで力を発揮できなければ、何の意味もない。
(いやいや、意味がないんじゃなかった)
 今まで自分のしてきたことを、いい結果に導くために。
(俺の取り柄はこれしかないんだから……!)
 切断中、二度敵の応援部隊がやってきて手こずらされたものの、何とか変換作業は開始された。
 しかし、なかなか変換率があがらない。
 戦闘の合間を縫って、仰木高耶が田所のもとにやってくる。
「どうだ?」
 田所は、手元の液晶画面に霊波塔に残る霊力の残量をわかりやすく表示した。
「大体残りが87%くらいですね」
 そう言っているうちに、数値が86%に下がる。
「………これじゃ遅すぎる」
 仰木高耶は難しい顔で言った。
「何時間かける気だ。もっと急げ」
「でも、これ以上速くすると装置が持たなくなります」
「田所」
 頭を上げると、説教顔になっている。
「わかるだろう、これはテストじゃない。実戦なんだ」
 敵方の銃弾が跳んで来て、仰木高耶は《力》で弾き飛ばした。
「もっとスピードが上がらないなら、皆無事じゃすまなくなる」
「………はい」
 それは田所もよくわかっていた。
 だからこそ、装置がショートしてはまずいと慎重になりがちだったのだが、確かにこれだけ時間がかかっていたら、とても持ちそうにない。
 田所は必死にキーボードを叩いた。
 手渡された小さな爆弾のようなものを向かってくる敵兵に投げつけながら、叩きまくった。
(よしっ!もう少し!!)
 ところが、あとちょっとというところで装置に異変が起きた。
 モニターの霊力残量表示は14%で、そこから0.01%も減る様子がない。
「どうした!?」
 装置を調べてまわっている田所の異変に気付いて、すぐさま仰木高耶は飛んできた。
「動きませんっ……!どっかの回線がショートしたのかもしれません!」
 ちゃんと動くギリギリのところを狙ったつもりだったのに、どこかで計算を間違えたらしい。
「くそっっ!」
 田所は悔しくてしょうがない。
───結界の様子を聞いてみる」
 仰木高耶が塔周辺にいる橘に連絡を取ると、結界が弱まる様子はみてとれないという。
「やっぱり、完璧に空にしなくては駄目か」
(ここまできて……!)
 もう、悔しいどころではない。最悪の結果だ。
「………引き際も肝心だ」
 これ以上犠牲は増やしたくない、そう言って、仰木高耶は撤退を決意した。
 すぐに各隊と連絡を取り始める。
「……………」
 それを見つめて唇を噛んでいた田所の頭にひとつ、あるアイデアが浮かんでしまった。
 危険極まりない方法ではあったが───
(やるしか……ないよな……)
 くるりと後ろを向くと、霊波塔からの霊力線の連結を外して地面に置いた。すぐ隣に連結されていた送電所までの電線にも飛びついて外す。
「田所っ!何してるっ!?」
 後ろで、仰木高耶の怒っている声がした。
「俺のチカラを使って変換してみます!!」
 どうなるかは想像もつかなかったけど、電線を握ったまま送電力線に触れて、念じた。

「うわあああああああ!!!!」

 雷が駆け巡るような衝撃が、全身に走った。
 身体に力が入らなくなり、膝ががくっと折れる。なんとか這いつくばりながらモニターの方を見ると、変換率はかつてないくらい良好だ。ぐんぐんと残量が減っていく。
(おお、やっぱ俺ってすげえ……)
 声を大にして言いたかったけど、とても声は出そうになかった。
 ひどい苦痛の中、必死に意識を保つ。
「くぅっっ……!」
 なんとかモニターの数字が0%になったのを見届けて、地面に倒れこんだ。
「田所……っ!」
 駆け寄ってくる仰木高耶の必死の叫び声が聞こえる。
 それが段々遠ざかっていくのを感じながら、田所は目を閉じた。
 自分にとって、自分は特別。
 そんなの誰だってそうだ。
 "オンリーワン"は、皆に等しく同じ。
 つまり"誰とも一緒じゃない"ことでは特別になれない。
 俺はそんな状態から抜け出したかったんだと思う。
 けど、その方法がわからなかっただけなんだ。

 例えば自分以外にもうひとりだけ、自分が特別な存在だと言ってくれる人間がいたとしたら?
 
 その人がもし"あなたは特別よ"と言ってくれたら、きっと俺も"お前は特別だ"と言ってやれる。
 そうして、互いに特別な人生をおくることができると思う。

 次に生まれてきたら、そんな相手を見つけよう。
 そう、今からじゃなく、次の人生で。
 中川曰く、田所の怪我は全身火傷に近い症状だった。
 あの日から数日間は、身体中が熱くて、痛くて、死なせて欲しいと本気で思う瞬間も幾度かあった。
 だんだんと落ち着いてはきたものの、苦しくて、息が出来なくて、身体を動かすこともできない。
 そんな状態が長く続いて、田所は体力的にも精神的にもひどく参っていた。
 通常ならこんな状態にはならないそうだが、憑依のせいで憑坐が予想以上に弱っており、なかなか回復に向かわない。
 憑坐を換えるしかない、と言われた。
 しかし、換えれば霊電力変換のチカラはなくなるだろうとも言われた。
 つまり、この憑坐の肉体がとても特殊だから、田所はチカラを使えていたらしい。
 悩みに悩んだ田所は、ある決断をして橘を呼んだ。

「忙しそうですね」
 話したい、と伝えて貰ってから半日以上が経って、ようやく橘は現れた。
「誰のせいだと思ってる」
「はは、すいません」
 布団の上に起き上がって、田所は頭を下げた。
 きっと田所がすべき装置の修理やなにやら、全てやらされているに違いない。
「どうですか、その後。例の霊波塔は」
「周囲の戦況も含めて、全て計画通りにいっている」
 あの後、田所のお陰で結界を突破するこのできた誘導部隊が見事に霊波塔を奪還し、赤鯨衆は重要な戦略地点を手中に収めることができた。
「そうですか………」
 これだけの怪我をしたのだ。そうでなくは自分の苦労も報われない。
 ほぼ全身に巻かれた包帯を見つめながら、そう思っていると、
「横になっていたほうがいい」
 ミイラ男のような状態は見る者の同情を誘うようで、珍しく橘が気を使ってくれた。
「やせ我慢はよせ」
「……へへ」
 無理して起き上がっていたことも、バレていたようだ。
 もうずっと、身体が自分のものじゃないみたいに重い。
(まあ元々、自分のものじゃないんだけど)
 ベッドに横になって大きく息をついた後で、田所は橘に意思を伝える決心がついた。
「橘さん」
 橘の顔は見ずに、天井を見上げて言う。
「俺、このまま逝きます」
 自分で言ったその言葉の重みに耐え切れなくなって、目を閉じた。
「俺がいてもこの身体は弱っていく一方みたいだし、うちの親もいい加減、ひき逃げ犯が捕まって欲しいだろうし」
「……憑坐を換えるという方法もあるだろう」
 それは田所だって考えた。けれど悩んだ挙句、やめたのだ。
「そうまでして、この世に残る理由がなくなりました」
────……」
 装置のことは、本来の使用目的とは少し違ったけど、あの作戦が成功したことで達成感もあった。
 たぶんこの先、自分の目指したものは誰かが引き継いでいってくれるはず。それで十分だ。
 それに、この憑坐は自分を殺した人間だったから、憑依にも罪悪感はなかったけど、何のかかわりもない人間の身体を奪ってまで生きていようとはとても思えない。
 生きることの楽しみがわかってしまったから、もう人から奪うことはできない。
「今持ってる未練は全部、次の人生に持ってくことにします」
「そうか」
 いやにすんなり納得されて、田所は橘を見上げた。
「引き止めてくれないんですか」
 ちょっとそこらへんへ出掛けていくのとは訳がちがう。
 この地上から自分はいなくなる。
 もう二度と、会うことはないというのに。
「それはわからないだろう。運が良ければ───悪ければ、会うこともあるかもしれない」
 わざわざ嫌味に言い直した橘に、田所は疑問顔になった。
「……あの世でってことですか?」
「いや。お前がもう一度、この世に生を受けたときだ」
 その言葉に、田所はきょとんとした。
 生まれ変わったら、もう誰だかわからないだろうに。
 まあ、互いに誰かわからなくとも、会えば再会したということにはなるだろうが、転生というのはそんなにすぐに出来るものなのだろうか?
「いったい、何歳まで生きるつもりなんですか」
と笑って突っ込みをいれたら、橘も静かに微笑った。
 その表情に、どこか達観したようなものを感じて、田所は返す言葉を失ってしまう。
 しばらくの間沈黙が続いて、
「もう、眠ったほうがいい」
と橘が言った。
 喋ることは、意外に体力を消耗するんだ、と言う。
 確かに、疲労感はあった。
 瞼も少しだけ、重くなってきている。
「俺がいなくなったら、困りますよ」
「そうだな」
「いなくなった後も、ちょっとは俺のこと、思い出してくれますか」
「ああ」
「また……嘘ばっかり」
「……必要悪だ」
 その言葉を聞いた田所は、再び笑って、眼を閉じた。




  □ 終わり □
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