ア ン コ モ ン ライフ
uncommon life
橘の車で移動するために駐車場へ向かっている途中で、田所は自分の上着ポケットのふくらみに気づいた。
「そういえばこれ、天満って人から届いてましたよ」
取り出して、橘に差し出す。出掛けに届いたから、渡そうと思ってそのまま持ってきていたのだ。
「ああ……」
その小さな小包を受け取って少し考えていた橘は、
「ちょっと出てくる。先に戻っていてくれ」
と言うと、ひとりでスタスタと行ってしまった。
「はーい……」
仕方なく田所はそれを見送る。そして、くるりと踵を返した。
(よし。久々に食堂で飯食ってから帰ろうっと)
工場へ戻ってしまえばどうせまた缶詰状態になってしまうのだ。せっかくだからその前に、うまいものでも食べて精をつけておきたい。
ところが、今度はズボンの後ろポケットの封筒に気付いてしまった。
(げ、これも渡しとかなきゃ)
今度の品は、医師の中川掃部からの封書だ。
赤字で"至急"と書いてあるから、よほど急ぎのものなのだろう。
結構頻繁に連絡のある中川と橘の接点はよくは知らなかったが、大抵自分にはよくわからないむずかしい話をしているから、何かふたりで進めている計画でもあるのかもしれない。
とりあえずその封筒を渡そうと、田所は橘の後を追った。
もう出発してしまったかもと思いつつ、駐車場で橘の車を探してみる。
すると、車はまだそこにあった。中には誰も乗っていない。
(あれ?どこいったんだろ)
てっきり車でどこかに行ったものだと思っていた田所だったが、もしかしたら小源太にでも会いに行ったのかもしれない。
すぐに引き返そうとすると、建物の裏手のほうから話し声が聞こえてきた。
よくよく聞いてみると、その声が今まさに探していた橘の声だったから、何故そんなところにいるのか疑問に思いつつも向かってみる。
建物の陰から覗き込むようにすると、確かに橘はいた。
が、一緒にいるのが仰木高耶だったから、田所は慌てて身を隠した。
今はちょっと気まずいから、出来れば顔を合わせたくない。
話が終わってから封筒を渡そうと思い、しばらくその場で待つことにした。
ふたりとも田所がいることに気づいていないせいか、話すトーンがいつもとは随分と違う。ふたりからは見えないよう角度に気をつけながら、田所は頭だけをだしてふたりの様子を伺った。
(いったい、なに話してんだ?)
興味深々で聞き耳を立て始めた田所の目に、橘が先程の小包をポケットから取り出すのが見えた。
覆っていた茶色い紙をビリビリと剥がす。
すると。
(あ……!)
それは、田所でも知っているような有名チョコレートブランドの菓子箱だった。
「どうしたんだ、こんなもの」
呆れたような仰木高耶の声が聞こえてくる。
「調達部にコネがあるんです」
そう答えた橘は、普段は絶対に見せないような笑みを浮かべてその箱を差し出した。
「年に一度だけの、聖なる日でしょう?」
「………馬鹿だな」
仕方なく箱を受け取って、仰木高耶はその場で菓子箱を開けだす。
「ここで開けるんですか?」
「こんなもの、持って帰って誰かに見つかったらどうする」
「バレンタインなんて、知る者はいませんよ」
「楢崎がいるだろう、楢崎が」
包装紙を破り、ぱか、と蓋を開けた仰木高耶は、そのこげ茶色の粒に目を細める。
「たまにはいいよな、甘いもんも」
一粒だけを手に取った。機嫌を良くする仰木高耶に、橘はくすりと笑う。
「怒られるかと思ってました」
「……そう思うんならするな」
仰木高耶はチョコレートを手にしたまま、顔を上げた。
その口元に、どきりとするような妖しい笑みを浮かべる。
瞳が、燃えるように煌いた。
「食わせろよ」
そう言ってチョコレートを橘の唇に押し付けると、顔を寄せてそれに噛み付いた。
(………え?)
驚きのあまり、呼吸がとまる。
目の前で行なわれていることの意味が、すぐには理解できなかった。
きっと田所と同じくらい驚いた橘も、しばらくはされるがままになっていたが、すぐにその筋肉質な腕で仰木高耶の腰を荒々しく引き寄せる。
「んっ……」
喉から漏れたような甘い声が聞こえてきて、我に返った田所は慌ててその場を離れた。
(どっっ、どーゆーことっ?!どーゆーことっ?!)
パニックになって走っているうちに、食堂に寄ることもすっかり忘れて工場へと到着してしまった。
なんとか心を落ち着けようと、いつもの自分の椅子に座ってみる。けれど動悸は全く静まる気配がなかった。
PCを立ち上げて画面に向かってみるが、思考がストップしてしまったように何も考えられない。脳内ではずっと、先程の光景がひたすらリプレイされている。
なんとかそれを消し去ろうと悪戦苦闘しているうちに、当の橘が工場へと戻ってきてしまった。
とりあえず、こちらには気づいていなかったはず。普通にしていればいいのだ。
「おかえりなさーい」
けれど、普通に言ったつもりがどこかぎこちない。
(………駄目だ)
動悸はやはり治まらない。妙な気恥ずかしさを感じて、橘の顔も見られない。
なんとかやり過ごそうとパタパタとでたらめにキーボードを叩いて集中しているフリをした。
が、橘は田所の背後から言った。
「他言するな」
心臓が、飛び出るかと思った。
「…………ぁぃ」
小さな声で返事をする。
(やべえ、俺今たぶん顔真っ赤だ)
何故密会を見られた本人でなく、自分がこんなに動揺しているのだろうと疑問に思いながら、田所は両掌で顔を覆った。
「そういえばこれ、天満って人から届いてましたよ」
取り出して、橘に差し出す。出掛けに届いたから、渡そうと思ってそのまま持ってきていたのだ。
「ああ……」
その小さな小包を受け取って少し考えていた橘は、
「ちょっと出てくる。先に戻っていてくれ」
と言うと、ひとりでスタスタと行ってしまった。
「はーい……」
仕方なく田所はそれを見送る。そして、くるりと踵を返した。
(よし。久々に食堂で飯食ってから帰ろうっと)
工場へ戻ってしまえばどうせまた缶詰状態になってしまうのだ。せっかくだからその前に、うまいものでも食べて精をつけておきたい。
ところが、今度はズボンの後ろポケットの封筒に気付いてしまった。
(げ、これも渡しとかなきゃ)
今度の品は、医師の中川掃部からの封書だ。
赤字で"至急"と書いてあるから、よほど急ぎのものなのだろう。
結構頻繁に連絡のある中川と橘の接点はよくは知らなかったが、大抵自分にはよくわからないむずかしい話をしているから、何かふたりで進めている計画でもあるのかもしれない。
とりあえずその封筒を渡そうと、田所は橘の後を追った。
もう出発してしまったかもと思いつつ、駐車場で橘の車を探してみる。
すると、車はまだそこにあった。中には誰も乗っていない。
(あれ?どこいったんだろ)
てっきり車でどこかに行ったものだと思っていた田所だったが、もしかしたら小源太にでも会いに行ったのかもしれない。
すぐに引き返そうとすると、建物の裏手のほうから話し声が聞こえてきた。
よくよく聞いてみると、その声が今まさに探していた橘の声だったから、何故そんなところにいるのか疑問に思いつつも向かってみる。
建物の陰から覗き込むようにすると、確かに橘はいた。
が、一緒にいるのが仰木高耶だったから、田所は慌てて身を隠した。
今はちょっと気まずいから、出来れば顔を合わせたくない。
話が終わってから封筒を渡そうと思い、しばらくその場で待つことにした。
ふたりとも田所がいることに気づいていないせいか、話すトーンがいつもとは随分と違う。ふたりからは見えないよう角度に気をつけながら、田所は頭だけをだしてふたりの様子を伺った。
(いったい、なに話してんだ?)
興味深々で聞き耳を立て始めた田所の目に、橘が先程の小包をポケットから取り出すのが見えた。
覆っていた茶色い紙をビリビリと剥がす。
すると。
(あ……!)
それは、田所でも知っているような有名チョコレートブランドの菓子箱だった。
「どうしたんだ、こんなもの」
呆れたような仰木高耶の声が聞こえてくる。
「調達部にコネがあるんです」
そう答えた橘は、普段は絶対に見せないような笑みを浮かべてその箱を差し出した。
「年に一度だけの、聖なる日でしょう?」
「………馬鹿だな」
仕方なく箱を受け取って、仰木高耶はその場で菓子箱を開けだす。
「ここで開けるんですか?」
「こんなもの、持って帰って誰かに見つかったらどうする」
「バレンタインなんて、知る者はいませんよ」
「楢崎がいるだろう、楢崎が」
包装紙を破り、ぱか、と蓋を開けた仰木高耶は、そのこげ茶色の粒に目を細める。
「たまにはいいよな、甘いもんも」
一粒だけを手に取った。機嫌を良くする仰木高耶に、橘はくすりと笑う。
「怒られるかと思ってました」
「……そう思うんならするな」
仰木高耶はチョコレートを手にしたまま、顔を上げた。
その口元に、どきりとするような妖しい笑みを浮かべる。
瞳が、燃えるように煌いた。
「食わせろよ」
そう言ってチョコレートを橘の唇に押し付けると、顔を寄せてそれに噛み付いた。
(………え?)
驚きのあまり、呼吸がとまる。
目の前で行なわれていることの意味が、すぐには理解できなかった。
きっと田所と同じくらい驚いた橘も、しばらくはされるがままになっていたが、すぐにその筋肉質な腕で仰木高耶の腰を荒々しく引き寄せる。
「んっ……」
喉から漏れたような甘い声が聞こえてきて、我に返った田所は慌ててその場を離れた。
(どっっ、どーゆーことっ?!どーゆーことっ?!)
パニックになって走っているうちに、食堂に寄ることもすっかり忘れて工場へと到着してしまった。
なんとか心を落ち着けようと、いつもの自分の椅子に座ってみる。けれど動悸は全く静まる気配がなかった。
PCを立ち上げて画面に向かってみるが、思考がストップしてしまったように何も考えられない。脳内ではずっと、先程の光景がひたすらリプレイされている。
なんとかそれを消し去ろうと悪戦苦闘しているうちに、当の橘が工場へと戻ってきてしまった。
とりあえず、こちらには気づいていなかったはず。普通にしていればいいのだ。
「おかえりなさーい」
けれど、普通に言ったつもりがどこかぎこちない。
(………駄目だ)
動悸はやはり治まらない。妙な気恥ずかしさを感じて、橘の顔も見られない。
なんとかやり過ごそうとパタパタとでたらめにキーボードを叩いて集中しているフリをした。
が、橘は田所の背後から言った。
「他言するな」
心臓が、飛び出るかと思った。
「…………ぁぃ」
小さな声で返事をする。
(やべえ、俺今たぶん顔真っ赤だ)
何故密会を見られた本人でなく、自分がこんなに動揺しているのだろうと疑問に思いながら、田所は両掌で顔を覆った。
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