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ア ン コ モ ン   ライフ
uncommon life
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「田所」
 会議室を出て、ずかずかと廊下を歩いていると、すぐに橘が後から追ってきた。
 手には資料の束を抱えている。たぶん、伊達方の霊波塔に関する資料だろう。
 田所は立ち止まることもせずに言った。
「三日でやるなんて。また得意のはったりですか」
 気持ちが収まりきらなくて思わず睨みつけるようになってしまったが、橘は隣を歩きながら軽く眉をあげただけだった。
「何も言わなかったんだから、お前も共犯だ。そう苛つくな」
「………すいません」
 窘められて、はあ~と田所は大きくため息をつく。
「けど、あんな言い方しなくたって。"作戦は決定事項だ"なんて」
 もちろん言い方が気に入らないから怒っている訳ではない。そんな田所のプライドを、橘も解ったみたいだ。
「お前が言ったことはすべて、あのひとだってわかっているさ」
 さっきの挑戦するような目つきはすっかり仕舞いこんで、橘は言った。
「それでもやれと言うのがあのひとだ」
「……わがままですね」
 田所が拗ねたように言うと、
「そうだな」
と笑みまで浮かべている。
「橘さんは悔しくないんですか?寝る間も惜しんでがんばってたってのに。装置が壊れちゃったらそれが全部水の泡なんですよ?」
 敵方に破壊されるか、変換の許容量を超えて粉々になるか、どっちにしろ全てが台無しだ。
「前にも言ったが、過去の行為が無駄になるということはないと思ってる。ただ、もし装置が壊れるようなことになれば、行き場を無くしたエネルギーが暴走して周囲に被害を与えるだけでなく、赤鯨衆の将来にとっても痛手となるだろうな」
 つまり、今まで装置のためにがんばってきたことも今回の作戦もすべて、意味がないどころか酷く有害な行いになってしまう。
「そうさせるつもりはない」
 言い切った橘は、それに、と続けた。
「あのひとが護ると言ったんだ。世界で一番信頼できる約束だ」
 田所は思わず、瞬きをした。
(ものすごく信用してるんだな……)
 橘だけでなく、仰木高耶のまわりにいる人間は皆そうだ。必ず彼には絶対的な信頼を置いている。
 そう言ったら、
「"たらし"だからな」
と言われた。
「え?」
「善し悪しにかかわらず、彼は人に特別な感情を抱かせる天才だ」
 足を止めた橘が、会議室の方を振り返る。
「稀有なひとなんだ」
 表情はいつもと大して変わらない。けれどその言葉には橘の感情が詰め込まれている気がして、妙に田所の心に響いた。
 橘も、仰木高耶に特別な感情を抱いているのだろうか。
 かくいう自分だって、仰木高耶には他の人間とは違う感情を抱いているには違いない。決していい感情ではないが。
(だから、善し悪しにかかわらず、か)
 どんな人間からも常に特別扱いだなんて、自分と仰木高耶はまるで正反対なんだな、と気付いた。
 けれど決して仰木高耶になりたいとは思わなかった。自分は万人に慕われたいわけじゃないようだ。
(特別な人生を手に入れたかったはずなのに)
 ならば自分の理想の特別とは、いったい何なのだろう。
 考え込む田所に、橘は資料を手渡しながら言った。
「お前こそあんなことを言って。戦闘経験はないんだろう?」
「大丈夫ですよ。"W・YOSHI"ってことでがんばりましょう」
 ずしり、と思い資料を片手で受け取って、もう片方の手で拳を握ってみせたら、橘は意味がわからない、という顔でこちらを見てきた。
「ほら、義明と好浩でダブル・ヨシ」
「ヨシヒロ?」
「………俺の名前っす。ひでぇ……」
 仰木高耶ですら田所の苗字を知っていたのに、橘は自分の名前を知らなかったらしい。
 少々ショック気味の田所の隣で、橘は感慨深げに言った。
「そうか……。兄と同じ名だ」
「へぇ、おにーさんいんすか」
 そんな風に答えて、ふと自分の家族のことを思い出す。
 今頃どんな思いをしているだろうか。
 両親など、とにかく真面目だけが取り柄のような人たちだというのに、不運続きで本当にかわいそうに思う。借金まみれで廃業し、やっと立ち直りかけてきたところで長男が事故死。しかも犯人の身体に田所が憑依している訳だから、たぶんひき逃げ扱いで犯人は捕まっていないことになっているだろう。
(親不幸でごめんなさい)
 田所が心の中で頭を下げていると、橘は、とりあえず工場へ戻ろう、と言った。
「明日の午後にはもう一度試運転を行うから、それまでに計算を終えておけ」
 簡単に言ってくれるが、それをやるのは田所なのだ。
 けれどなんとなく、やる気らしきものが湧き上がってきていた。
(こうなったら、仰木高耶の目にモノを見せてやる)
「なんだったら、失敗するようにわざと細工でもしておきましょうか」
「そんなことをして爆発でもしたらどうする。巻き添えをくって死ぬぞ」
 橘が真面目な顔で言ってくるから、田所は
「もう死んでます」
と死人にはお馴染みのギャクを言った。なのに、
「………そうだな」
 橘からは気のない答えしか返ってこなかった。
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