ア ン コ モ ン ライフ
uncommon life
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部屋に入ってすぐ、田所は橘の様子がおかしいのに気づいた。
眠ってはいるが、額に汗が浮かび苦悶の表情をしている。
うなされているのだ。
橘が夢にうなされているところをみるのは、これで三度目だった。
「橘さーん……」
声をかけても起きる気配がない。
握り締められた拳は血が通わずに白くなっている。
しかたなく、ゆすってみようと手を伸ばす。
が、腕に手が触れたか触れないかのところで、橘はいきなり飛び起きた。
「お、おはようございます」
夢からさめても安堵した様子は全くなく、まだ悪夢が続いているような憔悴しきった顔で大きく息を吐く。
「何かあったのか」
「檜垣さんから連絡あって、GOサインでました」
「……わかった。すぐに出発だ」
「はいっ」
元気よく返事をしたら、声が大きかったせいか顔を顰められた。
「大丈夫ですか?」
頭でも痛いのかと思って訊くと、平気だと答えが返ってくる。
「俺はなんともないんだ……」
そう小さく呟いた橘の目の下からは、やっぱり隈が取れていない。
橘が心に何かを抱えていることは、行動を共にするようになってすぐにわかった。そのせいでよく眠れないらしいということも。
けれど理由を教えてくれるわけでもないから、田所としてもどうしようもない。
試験場は工場から車で5分くらいのところにある。
運転席に座るのは橘だ。
以前に一度、ペーパードライバーの田所の運転を味わって以来、橘は田所にハンドルを握らせなくなった。
工場の人間たちの乗ったバンの後について車を走らせる橘の顔は、やっぱり酷くやつれて見える。
「中川さんに言えば、睡眠薬みたいなもの、もらえるんじゃないですか」
眠る度にあんな風にうなされていたとしたら、身体も休まらなくて当たり前だ。
「いいんだ」
「けど………」
食い下がろうにもうなされる原因がわからない。前に夢の内容を尋ねたことがあるのだが、教えてはもらえなかった。
けれど、今日はよほど酷い夢をみたせいだろうか。めずらしく橘から話し始めた。
「あの夢は、戒めなんだ」
「戒め?」
「喪ってはいけないものを、喪わないための」
それは抽象的な言い回しだったけど、橘にとって喪ってはいけないものがあるというのはわかった。
「喪ってはいけないものって、何なんですか」
「…………」
都合が悪くなると、いつもこうやって黙り込む。
田所はそれがわかっていたから、気を取り直して先を続けた。
「じゃあ、それを枕元に置いて寝たらいいですよ」
まあ、置けるものだったら、と付け足す。
「そうしたら、安心して眠れるでしょう?」
少し驚いた顔をしていた橘は、やがてそうだなと頷いた。
「確かに、抱いて眠れば夢は見ない」
「────?」
抱く、という表現が比喩なのか、実際そうできるものなのかがわからなくて、もう一度それがどんなものなのか聞こうと思った。しかし、
「着いたぞ」
試験所に到着してしまって、結局それ以上は話すことが出来なかった。
眠ってはいるが、額に汗が浮かび苦悶の表情をしている。
うなされているのだ。
橘が夢にうなされているところをみるのは、これで三度目だった。
「橘さーん……」
声をかけても起きる気配がない。
握り締められた拳は血が通わずに白くなっている。
しかたなく、ゆすってみようと手を伸ばす。
が、腕に手が触れたか触れないかのところで、橘はいきなり飛び起きた。
「お、おはようございます」
夢からさめても安堵した様子は全くなく、まだ悪夢が続いているような憔悴しきった顔で大きく息を吐く。
「何かあったのか」
「檜垣さんから連絡あって、GOサインでました」
「……わかった。すぐに出発だ」
「はいっ」
元気よく返事をしたら、声が大きかったせいか顔を顰められた。
「大丈夫ですか?」
頭でも痛いのかと思って訊くと、平気だと答えが返ってくる。
「俺はなんともないんだ……」
そう小さく呟いた橘の目の下からは、やっぱり隈が取れていない。
橘が心に何かを抱えていることは、行動を共にするようになってすぐにわかった。そのせいでよく眠れないらしいということも。
けれど理由を教えてくれるわけでもないから、田所としてもどうしようもない。
試験場は工場から車で5分くらいのところにある。
運転席に座るのは橘だ。
以前に一度、ペーパードライバーの田所の運転を味わって以来、橘は田所にハンドルを握らせなくなった。
工場の人間たちの乗ったバンの後について車を走らせる橘の顔は、やっぱり酷くやつれて見える。
「中川さんに言えば、睡眠薬みたいなもの、もらえるんじゃないですか」
眠る度にあんな風にうなされていたとしたら、身体も休まらなくて当たり前だ。
「いいんだ」
「けど………」
食い下がろうにもうなされる原因がわからない。前に夢の内容を尋ねたことがあるのだが、教えてはもらえなかった。
けれど、今日はよほど酷い夢をみたせいだろうか。めずらしく橘から話し始めた。
「あの夢は、戒めなんだ」
「戒め?」
「喪ってはいけないものを、喪わないための」
それは抽象的な言い回しだったけど、橘にとって喪ってはいけないものがあるというのはわかった。
「喪ってはいけないものって、何なんですか」
「…………」
都合が悪くなると、いつもこうやって黙り込む。
田所はそれがわかっていたから、気を取り直して先を続けた。
「じゃあ、それを枕元に置いて寝たらいいですよ」
まあ、置けるものだったら、と付け足す。
「そうしたら、安心して眠れるでしょう?」
少し驚いた顔をしていた橘は、やがてそうだなと頷いた。
「確かに、抱いて眠れば夢は見ない」
「────?」
抱く、という表現が比喩なのか、実際そうできるものなのかがわからなくて、もう一度それがどんなものなのか聞こうと思った。しかし、
「着いたぞ」
試験所に到着してしまって、結局それ以上は話すことが出来なかった。
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『シバテンの首』は、試験場内の三重に封印された蔵へと入れられている。
まずはそれを運び出すのが一苦労だった。
封印の札で貼り固められたその首の入った箱を蔵から出した段階で、そばへと近寄れない者までいたほどに、首の威力は凄まじかった。
《力》の扱いが下手なことが周知の事実の田所は、はなから戦力外通告を受けていて、機器のセッティングをしながら遠巻きに運搬作業を眺めていて思った。
(こりゃあなかなか本部の許可が下りなかったわけだ)
なんとか装置の近くまで運ばれてきた首だったが、問題はどうやってそれを裸にして装置に埋め込むか、だ。
もちろんこんなときも、橘の出番となる。
「少し、離れていろ」
男達を少し後ろに下がらせると、口の中で何かを唱えた橘は、懐から取り出した刀で封印札を切る。と、箱から霊気があふれ出して、ふたを勢いよく持ち上げた。
「うわぁっっ!」
手伝いの隊士の一人が、気砲をくらったように後ろに倒れこむ。
歌番組の演出のドライアイスのように、霊気がどんどんあふれ出して足元に溜まっていく。衣服越しに触れるそれは、決して気持ちのいいものではなかった。なんせ怨念だ。
絶え間なく何かを唱えながら、九字のようなものをきった橘は、箱の中の『シバテンの首』を素手で掴むと、そのまま持ち上げた。
サッカーボールより一回りくらい小さい。白い紙で包まれていて、本当に元生物の首かどうかは遠目ではよくわからない。けれどこれだけの霊力を蓄えているのなら、電気変換の楚体とするには申し分ないだろう。
装置内の所定の位置に首を入れた橘は、蓋閉めると新しい札を取り出してそこに貼り付けた。
ふう、と周囲から安堵の息がもれる。
「あとはお前の領分だ」
大した作業でもなかったというように涼しい顔で橘が言って、田所は大きく頷いた。
「任せてください」
ここからは田所の得意分野だ。工業高校を出て、しかも情報処理系ではなく電気技術を主に学んだ田所は、まず配線など装置の物理的な確認をした。その後、首の潜在霊力などを数値化するために、キーボードを叩き始める。
「なぜ電気技術を学ぼうと思ったんだ?」
手持ち無沙汰だったのか、橘が唐突にそう訊いてきて、田所は当たり前のように答えた。
「そんなの、頭が悪くてそこしか行くとこがなかったからですよ」
「………それだけではないだろう?」
あ、頭が悪いってとこは否定してくれないんだ、と若干ヘコみつつ、モニターを見つめる。
確かに公立の普通課でそれなりのところに行くこともできた。しかも田所の通った工業学校は毎年志望者が多いことで有名で、まあまあの難関校なのだ。理系の教科が得意だった田所は、おかげで合格することができたのだが。
当時は、どうしても電気科へと通いたい理由があった。
「俺んち、電気屋だったんです」
「……なるほど」
祖父の代から始めた店は、母親が店番、父親が家電の取り付けや修理などをして、細々ながらも営業を続けていた。
長男の田所としてもいずれは店を継ぐつもりで、工業高校を選んだのだ。もちろん親には恥ずかしくて、そんなことは言えなかったが。
「孝行息子だな」
「何言ってんですか。橘さんだって神官は家業でしょうが」
「…………」
また黙り込んでしまった。だから、いつも通り深くは追求しないことにする。
「けど、結局意味なかったんですよ。俺が高校卒業する前に、店が潰れちゃたんで」
正確には自主廃業だったのだが、直前にお金で散々苦労をする様を見てしまった田所には、俺が継ぐから続けよう、と言い出す勇気が持てなかった。工業高校にだって行く意味がなくなったけれど、転校や中退をすることも出来ずに結局そのまま卒業した。
「ほ~んと、無駄な三年間でした」
もちろん楽しいこともあったけど、それは多分他の学校でも味わえたことだ。
あの学校である必要はなかったな、と今は思う。
しかし橘が、
「無駄ではないだろう」
と言うから、思わず顔を振り仰いでしまった。
まずはそれを運び出すのが一苦労だった。
封印の札で貼り固められたその首の入った箱を蔵から出した段階で、そばへと近寄れない者までいたほどに、首の威力は凄まじかった。
《力》の扱いが下手なことが周知の事実の田所は、はなから戦力外通告を受けていて、機器のセッティングをしながら遠巻きに運搬作業を眺めていて思った。
(こりゃあなかなか本部の許可が下りなかったわけだ)
なんとか装置の近くまで運ばれてきた首だったが、問題はどうやってそれを裸にして装置に埋め込むか、だ。
もちろんこんなときも、橘の出番となる。
「少し、離れていろ」
男達を少し後ろに下がらせると、口の中で何かを唱えた橘は、懐から取り出した刀で封印札を切る。と、箱から霊気があふれ出して、ふたを勢いよく持ち上げた。
「うわぁっっ!」
手伝いの隊士の一人が、気砲をくらったように後ろに倒れこむ。
歌番組の演出のドライアイスのように、霊気がどんどんあふれ出して足元に溜まっていく。衣服越しに触れるそれは、決して気持ちのいいものではなかった。なんせ怨念だ。
絶え間なく何かを唱えながら、九字のようなものをきった橘は、箱の中の『シバテンの首』を素手で掴むと、そのまま持ち上げた。
サッカーボールより一回りくらい小さい。白い紙で包まれていて、本当に元生物の首かどうかは遠目ではよくわからない。けれどこれだけの霊力を蓄えているのなら、電気変換の楚体とするには申し分ないだろう。
装置内の所定の位置に首を入れた橘は、蓋閉めると新しい札を取り出してそこに貼り付けた。
ふう、と周囲から安堵の息がもれる。
「あとはお前の領分だ」
大した作業でもなかったというように涼しい顔で橘が言って、田所は大きく頷いた。
「任せてください」
ここからは田所の得意分野だ。工業高校を出て、しかも情報処理系ではなく電気技術を主に学んだ田所は、まず配線など装置の物理的な確認をした。その後、首の潜在霊力などを数値化するために、キーボードを叩き始める。
「なぜ電気技術を学ぼうと思ったんだ?」
手持ち無沙汰だったのか、橘が唐突にそう訊いてきて、田所は当たり前のように答えた。
「そんなの、頭が悪くてそこしか行くとこがなかったからですよ」
「………それだけではないだろう?」
あ、頭が悪いってとこは否定してくれないんだ、と若干ヘコみつつ、モニターを見つめる。
確かに公立の普通課でそれなりのところに行くこともできた。しかも田所の通った工業学校は毎年志望者が多いことで有名で、まあまあの難関校なのだ。理系の教科が得意だった田所は、おかげで合格することができたのだが。
当時は、どうしても電気科へと通いたい理由があった。
「俺んち、電気屋だったんです」
「……なるほど」
祖父の代から始めた店は、母親が店番、父親が家電の取り付けや修理などをして、細々ながらも営業を続けていた。
長男の田所としてもいずれは店を継ぐつもりで、工業高校を選んだのだ。もちろん親には恥ずかしくて、そんなことは言えなかったが。
「孝行息子だな」
「何言ってんですか。橘さんだって神官は家業でしょうが」
「…………」
また黙り込んでしまった。だから、いつも通り深くは追求しないことにする。
「けど、結局意味なかったんですよ。俺が高校卒業する前に、店が潰れちゃたんで」
正確には自主廃業だったのだが、直前にお金で散々苦労をする様を見てしまった田所には、俺が継ぐから続けよう、と言い出す勇気が持てなかった。工業高校にだって行く意味がなくなったけれど、転校や中退をすることも出来ずに結局そのまま卒業した。
「ほ~んと、無駄な三年間でした」
もちろん楽しいこともあったけど、それは多分他の学校でも味わえたことだ。
あの学校である必要はなかったな、と今は思う。
しかし橘が、
「無駄ではないだろう」
と言うから、思わず顔を振り仰いでしまった。
「今、役立っているじゃないか」
「…………」
まあ、言われてみればそうだ。
「でも、意図してた訳じゃないんで」
まさか死んだ後に役立つなんて思っても見なかった。
「物事は万事、そういうものだろう?」
橘は装置のほうを向いたまま、田所の顔は見ずに言った。
「意味のないこと、というのはない。いい意味でも、悪い意味でもな」
「悪い意味?」
「行動にはかならず結果が伴うということだ。有益か有害。必ずどちらかのな」
「有害………」
つまり害にならなかっただけ、あの選択はよしとすべきだと言いたいのだろうか。
それって、遠まわしに励ましてくれているのだろうか?
いやいや、たぶん本当にそう思ったから口にしただけで、他意はなさそうだ。
そのようなことを考えつつ、ずっと動ごかしていた指で最後の計算式を打ちこんだ。
「オッケーです」
これで準備万端だ。
橘はうなずくと、落ち着いた声で周囲に指示をだした。
「試運転開始」
その一言で、装置のスイッチが入れられる。
最初は小さなモーター音がするだけだったが、次第にとてつもない轟音をたてはじめた。
「うおおお!」
少しだけ感動した田所は、思わず声をあげた。変換率のレポートが、グラフとなって画面に映し出されていく。しばらく右肩上がりで上下していた線は、次第に一定の領域内で安定するようになってきた。
がしかし、その値は正直がっかりせざるを得ない数値だ。さっきのあの『シバテンの首』の霊力を目の当たりにしていたから、もしかしたら予想を遥かに超える数値をだして大成功!かと思っていたのに。
これはかなり調整が必要そうだ。
失敗の部類に入ってしまうのか?と考えていた田所だったが、橘の方はそうは思わなかったようだ。
「考えていたよりはいい数字だな」
モニターを見ながらそう言う。
「そうですか?予想下限値ギリギリじゃないですか」
田所が頬を膨らませていると、さらりと言った。
「長土からの予想レポートではもっと低かった」
「………へっ?けど檜垣さんに───」
今朝、本部へ提出する資料を檜垣に渡す際、自分の出した予想値はあくまでも最低条件で計算してるから実際はもっと上をいくはずだと橘が言っているのをこの耳で聞いたし、自分もすっかりそのつもりでいた。あれは長土からのレポートを元に橘が出した数字だったはずだ。今日の試運転の許可判断だって、その数字を踏まえて決定されたはずだ。
「は、はったりだったんですかっ!?」
「人聞きの悪い。多少強引でも試運転をやらねば何も始まらないだろう」
「そりゃあそうかもしれませんが………」
田所は開いた口が塞がらなかった。
こういうことは、やっぱり仕事のやり方を知っている人間のなせる業だと感心もする。
けどだからって、身内まで騙すことはないだろう。例え、小源太を信用させるための策だったとしてもだ。こっちは仲間だと思ってがんばっているというのに。
「嘘つきぃっ」
どうしても納得がいかなくて、グチグチ言ってると、
「必要悪だ」
ときっぱりと言われてしまった。
けれどよくよく考えてみて、思わず笑みをこぼす。
冷血漢のような顔をして嘘をつくことを"悪"と呼ぶ橘が、面白いと思ったからだ。
やっぱりどこか憎めない、と田所は思った。
「…………」
まあ、言われてみればそうだ。
「でも、意図してた訳じゃないんで」
まさか死んだ後に役立つなんて思っても見なかった。
「物事は万事、そういうものだろう?」
橘は装置のほうを向いたまま、田所の顔は見ずに言った。
「意味のないこと、というのはない。いい意味でも、悪い意味でもな」
「悪い意味?」
「行動にはかならず結果が伴うということだ。有益か有害。必ずどちらかのな」
「有害………」
つまり害にならなかっただけ、あの選択はよしとすべきだと言いたいのだろうか。
それって、遠まわしに励ましてくれているのだろうか?
いやいや、たぶん本当にそう思ったから口にしただけで、他意はなさそうだ。
そのようなことを考えつつ、ずっと動ごかしていた指で最後の計算式を打ちこんだ。
「オッケーです」
これで準備万端だ。
橘はうなずくと、落ち着いた声で周囲に指示をだした。
「試運転開始」
その一言で、装置のスイッチが入れられる。
最初は小さなモーター音がするだけだったが、次第にとてつもない轟音をたてはじめた。
「うおおお!」
少しだけ感動した田所は、思わず声をあげた。変換率のレポートが、グラフとなって画面に映し出されていく。しばらく右肩上がりで上下していた線は、次第に一定の領域内で安定するようになってきた。
がしかし、その値は正直がっかりせざるを得ない数値だ。さっきのあの『シバテンの首』の霊力を目の当たりにしていたから、もしかしたら予想を遥かに超える数値をだして大成功!かと思っていたのに。
これはかなり調整が必要そうだ。
失敗の部類に入ってしまうのか?と考えていた田所だったが、橘の方はそうは思わなかったようだ。
「考えていたよりはいい数字だな」
モニターを見ながらそう言う。
「そうですか?予想下限値ギリギリじゃないですか」
田所が頬を膨らませていると、さらりと言った。
「長土からの予想レポートではもっと低かった」
「………へっ?けど檜垣さんに───」
今朝、本部へ提出する資料を檜垣に渡す際、自分の出した予想値はあくまでも最低条件で計算してるから実際はもっと上をいくはずだと橘が言っているのをこの耳で聞いたし、自分もすっかりそのつもりでいた。あれは長土からのレポートを元に橘が出した数字だったはずだ。今日の試運転の許可判断だって、その数字を踏まえて決定されたはずだ。
「は、はったりだったんですかっ!?」
「人聞きの悪い。多少強引でも試運転をやらねば何も始まらないだろう」
「そりゃあそうかもしれませんが………」
田所は開いた口が塞がらなかった。
こういうことは、やっぱり仕事のやり方を知っている人間のなせる業だと感心もする。
けどだからって、身内まで騙すことはないだろう。例え、小源太を信用させるための策だったとしてもだ。こっちは仲間だと思ってがんばっているというのに。
「嘘つきぃっ」
どうしても納得がいかなくて、グチグチ言ってると、
「必要悪だ」
ときっぱりと言われてしまった。
けれどよくよく考えてみて、思わず笑みをこぼす。
冷血漢のような顔をして嘘をつくことを"悪"と呼ぶ橘が、面白いと思ったからだ。
やっぱりどこか憎めない、と田所は思った。
それからしばらくの間は、様子を見ながらの微調整が続いた。
細かい作業の連続でひどく根気が要ったがきちんと成果が出て、かなり変換効率をあげることができた。
試しに、と手伝いの隊士がラジオを繋いでみると、当たり前だがちゃんと電源があがる。
「おお~」
思わず声をもらしてしまった。
「これは……すごいことですよ、橘さん」
「まだ使い物にはならないがな」
「いやいや、今のうちに特許とか取るべきですよ!」
我ながらのいいアイデアに興奮を抑えきれずにそう言ったら、珍しい橘の笑顔が見られた。
単に笑われただけとも言えるが。
「だっていいですか?世界中で利権争いが起きてるものといえば、何だと思います?」
息込んで話してみても、橘は全く取り合ってくれない。レポートに目を通しながら空返事をしている。
「石油、つまりエネルギーですよ!これがあればエネルギーの有限問題が解決する、つまり世界平和に貢献できるってことですよ!」
「──そして金も儲かる、か」
「まあ……副産物みたいなもんです、それは」
やっと話に乗る気になったようで、橘は顔をあげてくれたのだが、
「いったい世界中のエネルギーを補うだけの霊力源をどこから調達するつもりなんだ」
「…………」
痛いところを突かれてしまって、田所は黙り込むしかなかった。
「それに、永遠に《念》を残し続けられるものなどない。電力という形に変換されて《念》が放出されれば、どんな楚体の《念》もいつかは尽きてしまう」
確かにそう言われてみれば、これもまた限りの有る方法だと言わざるを得ない。
「言うほど簡単にはいかないさ」
「……世界中探し回れば、無尽蔵の霊力源、みたいなものがないですかね?」
「さあな。見つかったところで、それもまた利権争いが起きるだろうな」
「そうですね………」
シュンとなったところで、ある問題に気付く。
「じゃあ、この『シバテン』もいつかは干からびる時がくるかもしれないってことですか?」
「ああ、永遠に利用できる訳ではないだろう」
田所は、首の埋め込まれたあたりを眺めた。
「なんか……ちょっと残酷な話ですね」
『シバテン』が元々ナニだったかは定かではないが、使い捨ての感が否めなくもない。
ちょっとひどいではないか。仮に名付けるのなら、生物電池だ。
「こいつが駄目になったら、どうするんでしょう」
いつ電池が切れるのか、それを計算することはきっと無理だろう。
ある日突然、動かなくなってしまうかもしれない。
「そうなったら、レツミョウセイってやつを使う気ですかね」
「それはないだろうな」
橘は何か事情を知っているのか、いやに断定的に言った。
「そうですか……」
なにかいいアイデアはないものかと考えを巡らせてみて、またしても名案が思いつく。
「思ったんですけど、四国結界には常に霊力の流れが循環しているわけですよね?それを利用できたら無尽蔵になりませんかね?」
この方法なら誰かやナニかが犠牲になるということはない。
けれど橘は、何も知らないくせに、という眼でこっちを見てきた。
「いったいそれだけ膨大な霊力を、どうやって調節しながら変換するって言うんだ。こんな拙い機械仕掛けではとても無理だろう。何人もの術師を常任させ、ひたすら修法を取り行い続けなければならない。しかもその修法がひとたびバランスを崩せば、どんな反動が起こるか」
「はあ……」
なんだか説教されている気分になって、田所はうなだれ気味になった。
「大体この変換率を見ろ。コレだけの楚体を使ってでも常時使える電力は砦ひとつ分にも満たないだろう。さらに変換効率をあげていかなければこれだって無用の長物になりかねん」
橘は喋りきった勢いで手にしていたレポートをバサッと置くと、
「もういいだろう。止めてくれ」
と、運転停止の指示を出した。
「これだけデータが取れれば充分だろう。目を通して改善の余地をまとめておいてくれ」
結果をまとめたら、檜垣のところと長土に、と言うと、橘は片付けをする隊士たちを尻目に車へと向かおうとする。
「どこ行くんですか?」
「……たまには、夢を見ずに眠りたい」
そう言って車に乗り込むと、そのままどこかへ行ってしまった。
そして結局、翌日の昼まで帰ってこなかった。
細かい作業の連続でひどく根気が要ったがきちんと成果が出て、かなり変換効率をあげることができた。
試しに、と手伝いの隊士がラジオを繋いでみると、当たり前だがちゃんと電源があがる。
「おお~」
思わず声をもらしてしまった。
「これは……すごいことですよ、橘さん」
「まだ使い物にはならないがな」
「いやいや、今のうちに特許とか取るべきですよ!」
我ながらのいいアイデアに興奮を抑えきれずにそう言ったら、珍しい橘の笑顔が見られた。
単に笑われただけとも言えるが。
「だっていいですか?世界中で利権争いが起きてるものといえば、何だと思います?」
息込んで話してみても、橘は全く取り合ってくれない。レポートに目を通しながら空返事をしている。
「石油、つまりエネルギーですよ!これがあればエネルギーの有限問題が解決する、つまり世界平和に貢献できるってことですよ!」
「──そして金も儲かる、か」
「まあ……副産物みたいなもんです、それは」
やっと話に乗る気になったようで、橘は顔をあげてくれたのだが、
「いったい世界中のエネルギーを補うだけの霊力源をどこから調達するつもりなんだ」
「…………」
痛いところを突かれてしまって、田所は黙り込むしかなかった。
「それに、永遠に《念》を残し続けられるものなどない。電力という形に変換されて《念》が放出されれば、どんな楚体の《念》もいつかは尽きてしまう」
確かにそう言われてみれば、これもまた限りの有る方法だと言わざるを得ない。
「言うほど簡単にはいかないさ」
「……世界中探し回れば、無尽蔵の霊力源、みたいなものがないですかね?」
「さあな。見つかったところで、それもまた利権争いが起きるだろうな」
「そうですね………」
シュンとなったところで、ある問題に気付く。
「じゃあ、この『シバテン』もいつかは干からびる時がくるかもしれないってことですか?」
「ああ、永遠に利用できる訳ではないだろう」
田所は、首の埋め込まれたあたりを眺めた。
「なんか……ちょっと残酷な話ですね」
『シバテン』が元々ナニだったかは定かではないが、使い捨ての感が否めなくもない。
ちょっとひどいではないか。仮に名付けるのなら、生物電池だ。
「こいつが駄目になったら、どうするんでしょう」
いつ電池が切れるのか、それを計算することはきっと無理だろう。
ある日突然、動かなくなってしまうかもしれない。
「そうなったら、レツミョウセイってやつを使う気ですかね」
「それはないだろうな」
橘は何か事情を知っているのか、いやに断定的に言った。
「そうですか……」
なにかいいアイデアはないものかと考えを巡らせてみて、またしても名案が思いつく。
「思ったんですけど、四国結界には常に霊力の流れが循環しているわけですよね?それを利用できたら無尽蔵になりませんかね?」
この方法なら誰かやナニかが犠牲になるということはない。
けれど橘は、何も知らないくせに、という眼でこっちを見てきた。
「いったいそれだけ膨大な霊力を、どうやって調節しながら変換するって言うんだ。こんな拙い機械仕掛けではとても無理だろう。何人もの術師を常任させ、ひたすら修法を取り行い続けなければならない。しかもその修法がひとたびバランスを崩せば、どんな反動が起こるか」
「はあ……」
なんだか説教されている気分になって、田所はうなだれ気味になった。
「大体この変換率を見ろ。コレだけの楚体を使ってでも常時使える電力は砦ひとつ分にも満たないだろう。さらに変換効率をあげていかなければこれだって無用の長物になりかねん」
橘は喋りきった勢いで手にしていたレポートをバサッと置くと、
「もういいだろう。止めてくれ」
と、運転停止の指示を出した。
「これだけデータが取れれば充分だろう。目を通して改善の余地をまとめておいてくれ」
結果をまとめたら、檜垣のところと長土に、と言うと、橘は片付けをする隊士たちを尻目に車へと向かおうとする。
「どこ行くんですか?」
「……たまには、夢を見ずに眠りたい」
そう言って車に乗り込むと、そのままどこかへ行ってしまった。
そして結局、翌日の昼まで帰ってこなかった。
試運転から数日後、田所は橘に言われて宿毛砦へとやって来ていた。
もちろん工場の隊士たちは皆この砦に寝泊りしているのだからやって来るという表現はおかしいのだが、田所は最近工場の方にこもりっきりだったから、本当に久しぶりにやって来たのだ。
するとなんだかいつもとは様子が違った。
どうやら幹部の誰かが来るらしく、建物の外に迎えの人間が大勢いた。
(芸能人が来るわけでもあるまいし)
斜に構えつつ橘の姿を探していた田所は、建物から出てくる橘を見つけた。
「橘さん」
橘も田所の姿を認めて近づいてくる。
「なんだか騒々しいですね。誰が来るのか知ってます?」
そう尋ねると、
「彼だ」
と、人集りの方を示された。
振り返ってみるとちょうど1台の車が停まったところで、後部座席からひとりの若者が降りてくる。
(ひぃ~っ!オレ、あの人苦手~っ!)
それは、四万十方面の軍団長・仰木高耶、その人だった。
実は田所は、仰木高耶と対面するのはあまり得意ではなかった。
何故かと問われれば答えようがないのだが、田所の中では非常に怖いと言うイメージが強い。
橘をアゴで使うからだろうか。
確かに皆が言うような人を惹きつけるカリスマ性があるのは解るのだ。
初めて彼に会ったときは、姿を見ただけで単純にびっくりした。人の気概というものはここまで見た目に表れるものなのか、と。ライフゲージというか、「生きる勢い」というものがあるのなら、それが桁違いなのだ、きっと。
(こういう人が普通じゃない生き方をするんだ)
100分の1でもいいからあやかりたい、と思ったものだ。
けれど今は、姿を見るだけで緊張してしまう。
仰木高耶は人だかりを適当にいなし、建物へ向かおうとした。
その体制移動の途中で、ちらりとこちらを見る。
そのせいで、田所は眼が合ってしまった。
その迫力に思わず物陰に隠れたい気分になる。
前に眼が怖いと橘に漏らしたときに、"邪眼"のせいではないかと言われたことがあった。
彼の身体は強い毒に侵されたせいで、視線にも人体に有害な毒素が含まれているのだそうだ。田所の本能がそれを避けたいと思うせいではないかと。
ああ、そうか、とそのときは思ったのだが。
(本当にそれだけか?)
隣で全く平気そうにまっすぐと仰木高耶を見ている橘の背後に移動して、彼の視線を避けた。
橘は怪訝そうに田所を見てくる。
「何だ」
「いえいえ」
確か身長が187cmもあると言っていた。その大きな背中の陰でほっと息をついていると、
「橘、ちょっと来い」
仰木高耶の声が聞こえてくる。
「はい」
とてつもなく素直に、橘は返事をした。
橘が宿毛へ来る前、足摺のほうでふたりは一緒だったらしい。
互いに現代人同士であるせいか、親しみも感じやすいのかもしれない。
会えばよく話すふたりの隣で会話を聞く機会も多いのだが、時々会話のスピードについていけなくなることがある。
ふたりとも理解力があるせいか、聞いている方としては言葉が足りずにわからないことだらけなのだ。
今も短い言葉をいくつか交わしただけで、橘は仰木の言わんとしていることを飲み込んだようだった。
(変換装置の話?)
田所が眉をひそめていると、ふいに仰木高耶がこちらを向いた。
「田所」
「……へっ?」
想定外の事態に返事もできない。
「お前も来い」
「は、はいっ」
思わず声が裏返ってしまった。今までに名前を呼ばれたことなどなかったからだ。
(俺の名前なんて、知ってたんだ)
連れだって歩き出すふたりの後を、田所は慌てて追う。
向かったのは、小源太のいる幹部会議用の部屋だった。
もちろん工場の隊士たちは皆この砦に寝泊りしているのだからやって来るという表現はおかしいのだが、田所は最近工場の方にこもりっきりだったから、本当に久しぶりにやって来たのだ。
するとなんだかいつもとは様子が違った。
どうやら幹部の誰かが来るらしく、建物の外に迎えの人間が大勢いた。
(芸能人が来るわけでもあるまいし)
斜に構えつつ橘の姿を探していた田所は、建物から出てくる橘を見つけた。
「橘さん」
橘も田所の姿を認めて近づいてくる。
「なんだか騒々しいですね。誰が来るのか知ってます?」
そう尋ねると、
「彼だ」
と、人集りの方を示された。
振り返ってみるとちょうど1台の車が停まったところで、後部座席からひとりの若者が降りてくる。
(ひぃ~っ!オレ、あの人苦手~っ!)
それは、四万十方面の軍団長・仰木高耶、その人だった。
実は田所は、仰木高耶と対面するのはあまり得意ではなかった。
何故かと問われれば答えようがないのだが、田所の中では非常に怖いと言うイメージが強い。
橘をアゴで使うからだろうか。
確かに皆が言うような人を惹きつけるカリスマ性があるのは解るのだ。
初めて彼に会ったときは、姿を見ただけで単純にびっくりした。人の気概というものはここまで見た目に表れるものなのか、と。ライフゲージというか、「生きる勢い」というものがあるのなら、それが桁違いなのだ、きっと。
(こういう人が普通じゃない生き方をするんだ)
100分の1でもいいからあやかりたい、と思ったものだ。
けれど今は、姿を見るだけで緊張してしまう。
仰木高耶は人だかりを適当にいなし、建物へ向かおうとした。
その体制移動の途中で、ちらりとこちらを見る。
そのせいで、田所は眼が合ってしまった。
その迫力に思わず物陰に隠れたい気分になる。
前に眼が怖いと橘に漏らしたときに、"邪眼"のせいではないかと言われたことがあった。
彼の身体は強い毒に侵されたせいで、視線にも人体に有害な毒素が含まれているのだそうだ。田所の本能がそれを避けたいと思うせいではないかと。
ああ、そうか、とそのときは思ったのだが。
(本当にそれだけか?)
隣で全く平気そうにまっすぐと仰木高耶を見ている橘の背後に移動して、彼の視線を避けた。
橘は怪訝そうに田所を見てくる。
「何だ」
「いえいえ」
確か身長が187cmもあると言っていた。その大きな背中の陰でほっと息をついていると、
「橘、ちょっと来い」
仰木高耶の声が聞こえてくる。
「はい」
とてつもなく素直に、橘は返事をした。
橘が宿毛へ来る前、足摺のほうでふたりは一緒だったらしい。
互いに現代人同士であるせいか、親しみも感じやすいのかもしれない。
会えばよく話すふたりの隣で会話を聞く機会も多いのだが、時々会話のスピードについていけなくなることがある。
ふたりとも理解力があるせいか、聞いている方としては言葉が足りずにわからないことだらけなのだ。
今も短い言葉をいくつか交わしただけで、橘は仰木の言わんとしていることを飲み込んだようだった。
(変換装置の話?)
田所が眉をひそめていると、ふいに仰木高耶がこちらを向いた。
「田所」
「……へっ?」
想定外の事態に返事もできない。
「お前も来い」
「は、はいっ」
思わず声が裏返ってしまった。今までに名前を呼ばれたことなどなかったからだ。
(俺の名前なんて、知ってたんだ)
連れだって歩き出すふたりの後を、田所は慌てて追う。
向かったのは、小源太のいる幹部会議用の部屋だった。