ア ン コ モ ン ライフ
uncommon life
『シバテンの首』は、試験場内の三重に封印された蔵へと入れられている。
まずはそれを運び出すのが一苦労だった。
封印の札で貼り固められたその首の入った箱を蔵から出した段階で、そばへと近寄れない者までいたほどに、首の威力は凄まじかった。
《力》の扱いが下手なことが周知の事実の田所は、はなから戦力外通告を受けていて、機器のセッティングをしながら遠巻きに運搬作業を眺めていて思った。
(こりゃあなかなか本部の許可が下りなかったわけだ)
なんとか装置の近くまで運ばれてきた首だったが、問題はどうやってそれを裸にして装置に埋め込むか、だ。
もちろんこんなときも、橘の出番となる。
「少し、離れていろ」
男達を少し後ろに下がらせると、口の中で何かを唱えた橘は、懐から取り出した刀で封印札を切る。と、箱から霊気があふれ出して、ふたを勢いよく持ち上げた。
「うわぁっっ!」
手伝いの隊士の一人が、気砲をくらったように後ろに倒れこむ。
歌番組の演出のドライアイスのように、霊気がどんどんあふれ出して足元に溜まっていく。衣服越しに触れるそれは、決して気持ちのいいものではなかった。なんせ怨念だ。
絶え間なく何かを唱えながら、九字のようなものをきった橘は、箱の中の『シバテンの首』を素手で掴むと、そのまま持ち上げた。
サッカーボールより一回りくらい小さい。白い紙で包まれていて、本当に元生物の首かどうかは遠目ではよくわからない。けれどこれだけの霊力を蓄えているのなら、電気変換の楚体とするには申し分ないだろう。
装置内の所定の位置に首を入れた橘は、蓋閉めると新しい札を取り出してそこに貼り付けた。
ふう、と周囲から安堵の息がもれる。
「あとはお前の領分だ」
大した作業でもなかったというように涼しい顔で橘が言って、田所は大きく頷いた。
「任せてください」
ここからは田所の得意分野だ。工業高校を出て、しかも情報処理系ではなく電気技術を主に学んだ田所は、まず配線など装置の物理的な確認をした。その後、首の潜在霊力などを数値化するために、キーボードを叩き始める。
「なぜ電気技術を学ぼうと思ったんだ?」
手持ち無沙汰だったのか、橘が唐突にそう訊いてきて、田所は当たり前のように答えた。
「そんなの、頭が悪くてそこしか行くとこがなかったからですよ」
「………それだけではないだろう?」
あ、頭が悪いってとこは否定してくれないんだ、と若干ヘコみつつ、モニターを見つめる。
確かに公立の普通課でそれなりのところに行くこともできた。しかも田所の通った工業学校は毎年志望者が多いことで有名で、まあまあの難関校なのだ。理系の教科が得意だった田所は、おかげで合格することができたのだが。
当時は、どうしても電気科へと通いたい理由があった。
「俺んち、電気屋だったんです」
「……なるほど」
祖父の代から始めた店は、母親が店番、父親が家電の取り付けや修理などをして、細々ながらも営業を続けていた。
長男の田所としてもいずれは店を継ぐつもりで、工業高校を選んだのだ。もちろん親には恥ずかしくて、そんなことは言えなかったが。
「孝行息子だな」
「何言ってんですか。橘さんだって神官は家業でしょうが」
「…………」
また黙り込んでしまった。だから、いつも通り深くは追求しないことにする。
「けど、結局意味なかったんですよ。俺が高校卒業する前に、店が潰れちゃたんで」
正確には自主廃業だったのだが、直前にお金で散々苦労をする様を見てしまった田所には、俺が継ぐから続けよう、と言い出す勇気が持てなかった。工業高校にだって行く意味がなくなったけれど、転校や中退をすることも出来ずに結局そのまま卒業した。
「ほ~んと、無駄な三年間でした」
もちろん楽しいこともあったけど、それは多分他の学校でも味わえたことだ。
あの学校である必要はなかったな、と今は思う。
しかし橘が、
「無駄ではないだろう」
と言うから、思わず顔を振り仰いでしまった。
まずはそれを運び出すのが一苦労だった。
封印の札で貼り固められたその首の入った箱を蔵から出した段階で、そばへと近寄れない者までいたほどに、首の威力は凄まじかった。
《力》の扱いが下手なことが周知の事実の田所は、はなから戦力外通告を受けていて、機器のセッティングをしながら遠巻きに運搬作業を眺めていて思った。
(こりゃあなかなか本部の許可が下りなかったわけだ)
なんとか装置の近くまで運ばれてきた首だったが、問題はどうやってそれを裸にして装置に埋め込むか、だ。
もちろんこんなときも、橘の出番となる。
「少し、離れていろ」
男達を少し後ろに下がらせると、口の中で何かを唱えた橘は、懐から取り出した刀で封印札を切る。と、箱から霊気があふれ出して、ふたを勢いよく持ち上げた。
「うわぁっっ!」
手伝いの隊士の一人が、気砲をくらったように後ろに倒れこむ。
歌番組の演出のドライアイスのように、霊気がどんどんあふれ出して足元に溜まっていく。衣服越しに触れるそれは、決して気持ちのいいものではなかった。なんせ怨念だ。
絶え間なく何かを唱えながら、九字のようなものをきった橘は、箱の中の『シバテンの首』を素手で掴むと、そのまま持ち上げた。
サッカーボールより一回りくらい小さい。白い紙で包まれていて、本当に元生物の首かどうかは遠目ではよくわからない。けれどこれだけの霊力を蓄えているのなら、電気変換の楚体とするには申し分ないだろう。
装置内の所定の位置に首を入れた橘は、蓋閉めると新しい札を取り出してそこに貼り付けた。
ふう、と周囲から安堵の息がもれる。
「あとはお前の領分だ」
大した作業でもなかったというように涼しい顔で橘が言って、田所は大きく頷いた。
「任せてください」
ここからは田所の得意分野だ。工業高校を出て、しかも情報処理系ではなく電気技術を主に学んだ田所は、まず配線など装置の物理的な確認をした。その後、首の潜在霊力などを数値化するために、キーボードを叩き始める。
「なぜ電気技術を学ぼうと思ったんだ?」
手持ち無沙汰だったのか、橘が唐突にそう訊いてきて、田所は当たり前のように答えた。
「そんなの、頭が悪くてそこしか行くとこがなかったからですよ」
「………それだけではないだろう?」
あ、頭が悪いってとこは否定してくれないんだ、と若干ヘコみつつ、モニターを見つめる。
確かに公立の普通課でそれなりのところに行くこともできた。しかも田所の通った工業学校は毎年志望者が多いことで有名で、まあまあの難関校なのだ。理系の教科が得意だった田所は、おかげで合格することができたのだが。
当時は、どうしても電気科へと通いたい理由があった。
「俺んち、電気屋だったんです」
「……なるほど」
祖父の代から始めた店は、母親が店番、父親が家電の取り付けや修理などをして、細々ながらも営業を続けていた。
長男の田所としてもいずれは店を継ぐつもりで、工業高校を選んだのだ。もちろん親には恥ずかしくて、そんなことは言えなかったが。
「孝行息子だな」
「何言ってんですか。橘さんだって神官は家業でしょうが」
「…………」
また黙り込んでしまった。だから、いつも通り深くは追求しないことにする。
「けど、結局意味なかったんですよ。俺が高校卒業する前に、店が潰れちゃたんで」
正確には自主廃業だったのだが、直前にお金で散々苦労をする様を見てしまった田所には、俺が継ぐから続けよう、と言い出す勇気が持てなかった。工業高校にだって行く意味がなくなったけれど、転校や中退をすることも出来ずに結局そのまま卒業した。
「ほ~んと、無駄な三年間でした」
もちろん楽しいこともあったけど、それは多分他の学校でも味わえたことだ。
あの学校である必要はなかったな、と今は思う。
しかし橘が、
「無駄ではないだろう」
と言うから、思わず顔を振り仰いでしまった。
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