ア ン コ モ ン ライフ
uncommon life
部屋に入ってすぐ、田所は橘の様子がおかしいのに気づいた。
眠ってはいるが、額に汗が浮かび苦悶の表情をしている。
うなされているのだ。
橘が夢にうなされているところをみるのは、これで三度目だった。
「橘さーん……」
声をかけても起きる気配がない。
握り締められた拳は血が通わずに白くなっている。
しかたなく、ゆすってみようと手を伸ばす。
が、腕に手が触れたか触れないかのところで、橘はいきなり飛び起きた。
「お、おはようございます」
夢からさめても安堵した様子は全くなく、まだ悪夢が続いているような憔悴しきった顔で大きく息を吐く。
「何かあったのか」
「檜垣さんから連絡あって、GOサインでました」
「……わかった。すぐに出発だ」
「はいっ」
元気よく返事をしたら、声が大きかったせいか顔を顰められた。
「大丈夫ですか?」
頭でも痛いのかと思って訊くと、平気だと答えが返ってくる。
「俺はなんともないんだ……」
そう小さく呟いた橘の目の下からは、やっぱり隈が取れていない。
橘が心に何かを抱えていることは、行動を共にするようになってすぐにわかった。そのせいでよく眠れないらしいということも。
けれど理由を教えてくれるわけでもないから、田所としてもどうしようもない。
試験場は工場から車で5分くらいのところにある。
運転席に座るのは橘だ。
以前に一度、ペーパードライバーの田所の運転を味わって以来、橘は田所にハンドルを握らせなくなった。
工場の人間たちの乗ったバンの後について車を走らせる橘の顔は、やっぱり酷くやつれて見える。
「中川さんに言えば、睡眠薬みたいなもの、もらえるんじゃないですか」
眠る度にあんな風にうなされていたとしたら、身体も休まらなくて当たり前だ。
「いいんだ」
「けど………」
食い下がろうにもうなされる原因がわからない。前に夢の内容を尋ねたことがあるのだが、教えてはもらえなかった。
けれど、今日はよほど酷い夢をみたせいだろうか。めずらしく橘から話し始めた。
「あの夢は、戒めなんだ」
「戒め?」
「喪ってはいけないものを、喪わないための」
それは抽象的な言い回しだったけど、橘にとって喪ってはいけないものがあるというのはわかった。
「喪ってはいけないものって、何なんですか」
「…………」
都合が悪くなると、いつもこうやって黙り込む。
田所はそれがわかっていたから、気を取り直して先を続けた。
「じゃあ、それを枕元に置いて寝たらいいですよ」
まあ、置けるものだったら、と付け足す。
「そうしたら、安心して眠れるでしょう?」
少し驚いた顔をしていた橘は、やがてそうだなと頷いた。
「確かに、抱いて眠れば夢は見ない」
「────?」
抱く、という表現が比喩なのか、実際そうできるものなのかがわからなくて、もう一度それがどんなものなのか聞こうと思った。しかし、
「着いたぞ」
試験所に到着してしまって、結局それ以上は話すことが出来なかった。
眠ってはいるが、額に汗が浮かび苦悶の表情をしている。
うなされているのだ。
橘が夢にうなされているところをみるのは、これで三度目だった。
「橘さーん……」
声をかけても起きる気配がない。
握り締められた拳は血が通わずに白くなっている。
しかたなく、ゆすってみようと手を伸ばす。
が、腕に手が触れたか触れないかのところで、橘はいきなり飛び起きた。
「お、おはようございます」
夢からさめても安堵した様子は全くなく、まだ悪夢が続いているような憔悴しきった顔で大きく息を吐く。
「何かあったのか」
「檜垣さんから連絡あって、GOサインでました」
「……わかった。すぐに出発だ」
「はいっ」
元気よく返事をしたら、声が大きかったせいか顔を顰められた。
「大丈夫ですか?」
頭でも痛いのかと思って訊くと、平気だと答えが返ってくる。
「俺はなんともないんだ……」
そう小さく呟いた橘の目の下からは、やっぱり隈が取れていない。
橘が心に何かを抱えていることは、行動を共にするようになってすぐにわかった。そのせいでよく眠れないらしいということも。
けれど理由を教えてくれるわけでもないから、田所としてもどうしようもない。
試験場は工場から車で5分くらいのところにある。
運転席に座るのは橘だ。
以前に一度、ペーパードライバーの田所の運転を味わって以来、橘は田所にハンドルを握らせなくなった。
工場の人間たちの乗ったバンの後について車を走らせる橘の顔は、やっぱり酷くやつれて見える。
「中川さんに言えば、睡眠薬みたいなもの、もらえるんじゃないですか」
眠る度にあんな風にうなされていたとしたら、身体も休まらなくて当たり前だ。
「いいんだ」
「けど………」
食い下がろうにもうなされる原因がわからない。前に夢の内容を尋ねたことがあるのだが、教えてはもらえなかった。
けれど、今日はよほど酷い夢をみたせいだろうか。めずらしく橘から話し始めた。
「あの夢は、戒めなんだ」
「戒め?」
「喪ってはいけないものを、喪わないための」
それは抽象的な言い回しだったけど、橘にとって喪ってはいけないものがあるというのはわかった。
「喪ってはいけないものって、何なんですか」
「…………」
都合が悪くなると、いつもこうやって黙り込む。
田所はそれがわかっていたから、気を取り直して先を続けた。
「じゃあ、それを枕元に置いて寝たらいいですよ」
まあ、置けるものだったら、と付け足す。
「そうしたら、安心して眠れるでしょう?」
少し驚いた顔をしていた橘は、やがてそうだなと頷いた。
「確かに、抱いて眠れば夢は見ない」
「────?」
抱く、という表現が比喩なのか、実際そうできるものなのかがわからなくて、もう一度それがどんなものなのか聞こうと思った。しかし、
「着いたぞ」
試験所に到着してしまって、結局それ以上は話すことが出来なかった。
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