ア ン コ モ ン ライフ
uncommon life
中川曰く、田所の怪我は全身火傷に近い症状だった。
あの日から数日間は、身体中が熱くて、痛くて、死なせて欲しいと本気で思う瞬間も幾度かあった。
だんだんと落ち着いてはきたものの、苦しくて、息が出来なくて、身体を動かすこともできない。
そんな状態が長く続いて、田所は体力的にも精神的にもひどく参っていた。
通常ならこんな状態にはならないそうだが、憑依のせいで憑坐が予想以上に弱っており、なかなか回復に向かわない。
憑坐を換えるしかない、と言われた。
しかし、換えれば霊電力変換のチカラはなくなるだろうとも言われた。
つまり、この憑坐の肉体がとても特殊だから、田所はチカラを使えていたらしい。
悩みに悩んだ田所は、ある決断をして橘を呼んだ。
「忙しそうですね」
話したい、と伝えて貰ってから半日以上が経って、ようやく橘は現れた。
「誰のせいだと思ってる」
「はは、すいません」
布団の上に起き上がって、田所は頭を下げた。
きっと田所がすべき装置の修理やなにやら、全てやらされているに違いない。
「どうですか、その後。例の霊波塔は」
「周囲の戦況も含めて、全て計画通りにいっている」
あの後、田所のお陰で結界を突破するこのできた誘導部隊が見事に霊波塔を奪還し、赤鯨衆は重要な戦略地点を手中に収めることができた。
「そうですか………」
これだけの怪我をしたのだ。そうでなくは自分の苦労も報われない。
ほぼ全身に巻かれた包帯を見つめながら、そう思っていると、
「横になっていたほうがいい」
ミイラ男のような状態は見る者の同情を誘うようで、珍しく橘が気を使ってくれた。
「やせ我慢はよせ」
「……へへ」
無理して起き上がっていたことも、バレていたようだ。
もうずっと、身体が自分のものじゃないみたいに重い。
(まあ元々、自分のものじゃないんだけど)
ベッドに横になって大きく息をついた後で、田所は橘に意思を伝える決心がついた。
「橘さん」
橘の顔は見ずに、天井を見上げて言う。
「俺、このまま逝きます」
自分で言ったその言葉の重みに耐え切れなくなって、目を閉じた。
「俺がいてもこの身体は弱っていく一方みたいだし、うちの親もいい加減、ひき逃げ犯が捕まって欲しいだろうし」
「……憑坐を換えるという方法もあるだろう」
それは田所だって考えた。けれど悩んだ挙句、やめたのだ。
「そうまでして、この世に残る理由がなくなりました」
「────……」
装置のことは、本来の使用目的とは少し違ったけど、あの作戦が成功したことで達成感もあった。
たぶんこの先、自分の目指したものは誰かが引き継いでいってくれるはず。それで十分だ。
それに、この憑坐は自分を殺した人間だったから、憑依にも罪悪感はなかったけど、何のかかわりもない人間の身体を奪ってまで生きていようとはとても思えない。
生きることの楽しみがわかってしまったから、もう人から奪うことはできない。
「今持ってる未練は全部、次の人生に持ってくことにします」
「そうか」
いやにすんなり納得されて、田所は橘を見上げた。
「引き止めてくれないんですか」
ちょっとそこらへんへ出掛けていくのとは訳がちがう。
この地上から自分はいなくなる。
もう二度と、会うことはないというのに。
「それはわからないだろう。運が良ければ───悪ければ、会うこともあるかもしれない」
わざわざ嫌味に言い直した橘に、田所は疑問顔になった。
「……あの世でってことですか?」
「いや。お前がもう一度、この世に生を受けたときだ」
その言葉に、田所はきょとんとした。
生まれ変わったら、もう誰だかわからないだろうに。
まあ、互いに誰かわからなくとも、会えば再会したということにはなるだろうが、転生というのはそんなにすぐに出来るものなのだろうか?
「いったい、何歳まで生きるつもりなんですか」
と笑って突っ込みをいれたら、橘も静かに微笑った。
その表情に、どこか達観したようなものを感じて、田所は返す言葉を失ってしまう。
しばらくの間沈黙が続いて、
「もう、眠ったほうがいい」
と橘が言った。
喋ることは、意外に体力を消耗するんだ、と言う。
確かに、疲労感はあった。
瞼も少しだけ、重くなってきている。
「俺がいなくなったら、困りますよ」
「そうだな」
「いなくなった後も、ちょっとは俺のこと、思い出してくれますか」
「ああ」
「また……嘘ばっかり」
「……必要悪だ」
その言葉を聞いた田所は、再び笑って、眼を閉じた。
□ 終わり □
あの日から数日間は、身体中が熱くて、痛くて、死なせて欲しいと本気で思う瞬間も幾度かあった。
だんだんと落ち着いてはきたものの、苦しくて、息が出来なくて、身体を動かすこともできない。
そんな状態が長く続いて、田所は体力的にも精神的にもひどく参っていた。
通常ならこんな状態にはならないそうだが、憑依のせいで憑坐が予想以上に弱っており、なかなか回復に向かわない。
憑坐を換えるしかない、と言われた。
しかし、換えれば霊電力変換のチカラはなくなるだろうとも言われた。
つまり、この憑坐の肉体がとても特殊だから、田所はチカラを使えていたらしい。
悩みに悩んだ田所は、ある決断をして橘を呼んだ。
「忙しそうですね」
話したい、と伝えて貰ってから半日以上が経って、ようやく橘は現れた。
「誰のせいだと思ってる」
「はは、すいません」
布団の上に起き上がって、田所は頭を下げた。
きっと田所がすべき装置の修理やなにやら、全てやらされているに違いない。
「どうですか、その後。例の霊波塔は」
「周囲の戦況も含めて、全て計画通りにいっている」
あの後、田所のお陰で結界を突破するこのできた誘導部隊が見事に霊波塔を奪還し、赤鯨衆は重要な戦略地点を手中に収めることができた。
「そうですか………」
これだけの怪我をしたのだ。そうでなくは自分の苦労も報われない。
ほぼ全身に巻かれた包帯を見つめながら、そう思っていると、
「横になっていたほうがいい」
ミイラ男のような状態は見る者の同情を誘うようで、珍しく橘が気を使ってくれた。
「やせ我慢はよせ」
「……へへ」
無理して起き上がっていたことも、バレていたようだ。
もうずっと、身体が自分のものじゃないみたいに重い。
(まあ元々、自分のものじゃないんだけど)
ベッドに横になって大きく息をついた後で、田所は橘に意思を伝える決心がついた。
「橘さん」
橘の顔は見ずに、天井を見上げて言う。
「俺、このまま逝きます」
自分で言ったその言葉の重みに耐え切れなくなって、目を閉じた。
「俺がいてもこの身体は弱っていく一方みたいだし、うちの親もいい加減、ひき逃げ犯が捕まって欲しいだろうし」
「……憑坐を換えるという方法もあるだろう」
それは田所だって考えた。けれど悩んだ挙句、やめたのだ。
「そうまでして、この世に残る理由がなくなりました」
「────……」
装置のことは、本来の使用目的とは少し違ったけど、あの作戦が成功したことで達成感もあった。
たぶんこの先、自分の目指したものは誰かが引き継いでいってくれるはず。それで十分だ。
それに、この憑坐は自分を殺した人間だったから、憑依にも罪悪感はなかったけど、何のかかわりもない人間の身体を奪ってまで生きていようとはとても思えない。
生きることの楽しみがわかってしまったから、もう人から奪うことはできない。
「今持ってる未練は全部、次の人生に持ってくことにします」
「そうか」
いやにすんなり納得されて、田所は橘を見上げた。
「引き止めてくれないんですか」
ちょっとそこらへんへ出掛けていくのとは訳がちがう。
この地上から自分はいなくなる。
もう二度と、会うことはないというのに。
「それはわからないだろう。運が良ければ───悪ければ、会うこともあるかもしれない」
わざわざ嫌味に言い直した橘に、田所は疑問顔になった。
「……あの世でってことですか?」
「いや。お前がもう一度、この世に生を受けたときだ」
その言葉に、田所はきょとんとした。
生まれ変わったら、もう誰だかわからないだろうに。
まあ、互いに誰かわからなくとも、会えば再会したということにはなるだろうが、転生というのはそんなにすぐに出来るものなのだろうか?
「いったい、何歳まで生きるつもりなんですか」
と笑って突っ込みをいれたら、橘も静かに微笑った。
その表情に、どこか達観したようなものを感じて、田所は返す言葉を失ってしまう。
しばらくの間沈黙が続いて、
「もう、眠ったほうがいい」
と橘が言った。
喋ることは、意外に体力を消耗するんだ、と言う。
確かに、疲労感はあった。
瞼も少しだけ、重くなってきている。
「俺がいなくなったら、困りますよ」
「そうだな」
「いなくなった後も、ちょっとは俺のこと、思い出してくれますか」
「ああ」
「また……嘘ばっかり」
「……必要悪だ」
その言葉を聞いた田所は、再び笑って、眼を閉じた。
□ 終わり □
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